寺川ムラまち研究所

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  遠野ジンギスカンに惚れ、それが移住の要因の1つともなったわけで、ここは一つ遠野ジンギスカンについて語ってみたいと思う。しかし、何しろファンの多い、いやファンというより暮らしの一部になっているような遠野人が多いなかで無謀にも新参者が語って良いものか、多少悩みつつ、それでも遠野ジンギスカンへの思いを知って欲しくて語っちゃいます。
  最初は、突然ですが「美」という漢字の語源、知ってますか?「羊」と「大」との組合せだそうです。古代中国では羊は神への献物であり、それが大きくて立派なものが良いとされ、それが美しいものとされたそうです。漢文学者の白川静氏によれば、羊という字は羊を正面から見た形であり、美は上から見た体全体を表しているとして、成熟した羊の美しさを表していると説いています。蛇足ですが「義」や「善」という字も貢ぎ物としての羊、つまり犠牲を精一杯することが崇高な行為として善いことを表す字だそうです。
  雑学はともかく、さっそく遠野ジンギスカンを語ります。

1.遠野ジンギスカンは「部位」
  現在、遠野のジンギスカンはほぼラム肉が主流になっています。その中でもとりわけ肩ロースが人気の第一位です。
  歴史的には昭和30年代の発祥当初は各農家で綿羊として飼われていた成羊、つまりマトンが食べられていました。ちなみに、ラムは生後1年未満の永久歯が1本もない雌あるいは雄で、マトンは生後2年以上、7年位までの永久歯が2本以上の雌または去勢した雄です。(ここで疑問、生後1年以上2年未満の羊は?・・・「ホゲット」と言いますが流通していません)その後、遠野の羊は食べ尽くされ輸入に頼ることとなります。輸入当初は北海道などで食される冷凍のロール肉を機械で切って提供したりしていたらしい。(笹村肉屋さん談)
  ラム肉が主流となった最初は食肉センターでその後現在のような状況になっているようです。(今では老舗のあんべさんだけがラムとマトンの様々な部位を食すことができます。)
肉の違いによる味の差は、基本的に個人の好みですが、一般的にはやわらかい肉質でくせがなく臭みの少ないラム、羊独特の味が強いマトンということになります。また、肝心の部位ですがロース、特に肩ロースは適当に油(サシ)が入って羊のうまみが感じられます。一方もも肉はいわゆる赤身でサッパリした味わいです。
  遠野ジンギスカン上級者(つまり昔からしっかり遠野ジンギスカンに馴染んでいる人)は羊本来の味がするマトンのロース肉が旨いと主張します。ちなみに羊肉は雌が旨いとのこと、また雄は肉の色が変わりにくいそうです。(笹村肉屋さん談)
  私は、ラムの肩ロース命です。(何しろ新参者ですから)

2.遠野ジンギスカンは「たれ」
  遠野ジンギスカンのたれは極秘中の秘です。これでは身も蓋もないので少し語ります。味は甘口・中辛・辛口など、店による特徴があります。もう少し突っ込んでみると食肉センターは甘口と辛口が選べて、味がいつも安定しています。一方、笹村さん、あんべさんはいずれも中辛で独自の味を誇っています。あんべさんは創業当初からの「あんべのおばあちゃん(初代の奥さん)」秘伝のたれを貫いています。笹村さん、あんべさん両方とも手作りで非常にシンプルな味、作った当初から時間とともに熟成して味が変化していき、最も美味しい時期があるそうですが、まだそこまで極めていません。良く売れるのでそんなことはないでしょうが、時間が経ちすぎると内容物のにんにく、しょうがのキレが落ちて、味がダレるそうです。これ、人間的じゃあないですか?そう、たれは人生そのものです。
  笹村肉屋さんから秘伝を一部を聞き出すと、ニンニクは国内産、玉ねぎは新玉ねぎはダメと様々なこだわりがあるようです。
  私は一味唐辛子がポイントになり微妙な酸味があるあんべさんのたれが好みです。

3.遠野ジンギスカンは「切り」
  切りのポイントは油の取り方とスジの切り方です。油はくさみにつながりますが、取り過ぎるとうま味が少なくなります。スジをうまく切らないと固すぎるか柔らかすぎて歯ごたえがなくなります。
  そして、仕上がりの厚みと大きさが重要です。厚みは厚ければ厚い程、焼いた時に肉の中がレアになって美味しくなります。大きさは肉の部位の切り方によるそうで、「かぶり」というロースの芯となる肉の回りの部分をはがすかどうかで全体の大きさが決まります。比較すると、笹村肉屋さんはかぶりをはがし、ロース芯の部分のみの肉で小さくやわらかでサクサクとたべられる上品な肉になります。一方、あんべさんはかぶりをそのままにして切るため大きくて噛みしめる喜びのあるじみじみと旨い肉になります。あなたはどっち派?私?両方好きです。
  これは蛇足ですが、切れる包丁が基本で切れないものを使うとうま味が逃げるらしい。また、よく研いで切れる包丁を使っても「切り」は難しくて面白いと、笹村氏がつぶやきます。「切り」は気合いでやるモノではなく、ごく自然体で雑念のない気持ちで・・そんなことに最近気がついて「切り」が楽しいと酔っ払ってまじめにほざきます。

4.遠野ジンギスカンは「鍋」と「火」
  遠野のジンギスカン鍋、ご存じの南部鉄器で丸く盛り上がって回りに溝があって油がたまるアレです。現在、お店に行くとこのジンギスカン鍋で火はガスですね。また、各家庭や野外では遠野独自の有名な穴あきバケツにジンギスカン鍋、火は固形燃料です。
  しかし、実は昔は七輪に炭火でジンギスカン鍋でしたが、そのジンギスカン鍋が今とは異なってスリット(細い穴)が空いていました。炭火は水分が出ないので旨く焼けるとともに、適度に油が落ち、かつ灰のアルカリ性と肉の酸性がうまく中和して体に良いらしい。
  昔、あんべさんではこの七輪と穴あき鍋を貸し出していたそうですが、七輪が壊れやすくてやめて、その代わり穴あきバケツを考え出し、炭ではなくて固形燃料にすることにしたそうです。さらに穴あき鍋のままだと、固形燃料の火に水分があるためからっと焼けないとともに、油が落ちて固形燃料の火が消えてしまいます。そこで穴のない今の鍋に変わったそうです。
このような話を聞いて、今年は是非七輪で穴あき鍋を使って炭火のジンギスカンをやろうと考えています。参考までに本物の南部鉄器のジンギスカン鍋や穴あきバケツなどを購入する場合は、その開発を手がけた本家の千葉金物店で。

5.遠野ジンギスカンは「ビール」
  遠野ジンギスカンを食べる時、私はいつも生ビールを飲みます。私事ですが、このところ少し太りすぎでビールを控えており、日頃ほとんどビールを飲みません。また、飲むとしても最初の1杯だけしか美味しいと感じません。
  しかし、しかし、こと遠野ジンギスカンになると話が変わります。店に座り、コンロに火を付けてラムの肩ロースがくるまで期待に胸を膨らませながら生ビールを1杯、脂身を鍋に乗せて肉を置くタイミングを見計らって3、4切れ焼き始めます。ここから先、しばらくは肉を焼き、食うを繰り返します。そして思い出した頃ビールをグビリ。また焼き、食う、グビリ。この繰り返しパターンが延々と続きます。
  遠野ジンギスカンとビール、お互いの味を高め合うからこそ延々と繰り返し楽しめるのです。特に遠野産とれたてホップの一番搾りの生、このさわやかで鮮烈な生ビールと遠野ジンギスカンとの黄金コンビは最強です。ベテランジンギスカン食いからは、マトンには焼酎という声も聞こえてきます。
  あまりに前のめりで絶賛するとお酒を飲まない人のヒンシュクをかいそうですので、ビール以外の黄金コンビを聞き回ってみました。ありました、お米です。それも「塩おにぎり」がビールと同じようにいつまでも繰り返しがきき、お互いの味を高めます。あー、また体重が増える。

6.遠野ジンギスカンは「絆」
  遠野人は人が集まるとジンギスカンです。盆と正月に親類縁者が集まるとジンギスカン。春は花見でジンギスカン、夏はキャンプでジンギスカン、秋は月見でジンギスカン、みんなで作業後にジンギスカン、何もなくてもそろそろジンギスカン。そうやって人と人とがつながり、絆を強めていく。
  肉屋さんからジンギスカン鍋と穴あきバケツを借り(あ、借りなくとも遠野の各家庭にはたいがい常備されてます。)、固形燃料、肉と野菜、たれを買い、持ち帰ってセットして火をつければ遠野ジンギスカンの始まりです。本当にシンプルで簡単。グループの中で一人でも鍋奉行がいればなお結構。いなくてもみんなでワイワイやります。終わったら鍋とバケツは洗わないでそのまま返却、簡単です。
  電気もいらない、水もいらない、だから緊急時にも対応しており、みんなでお肉を食べれば元気が出ます。

7.遠野ジンギスカンは「まちづくり」
  遠野ジンギスカンは歴史と風土に培われ、遠野人の知恵と飽くなき試行錯誤により確立したスタイルと物語を有しています。そして、遠野ジンギスカンが食べられる店、肉とたれを買える店があり、その限られた選択肢の組み合わせの中から、それぞれの人が独自のこだわりとスタイルを持ち、それを誇りに思っています。
  そんなこだわりを超えて、家族の絆、コミュニティの絆、外来者との絆を育む遠野ジンギスカン、まさにまちづくりなのです。


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